「法律」ではない「法律」
憲法は国会が国の唯一の立法機関であると定め、法律は国会の議決を経なければ制定することができません。
しかし、憲法のいう「法律」とは、法形式として「法律」であるものに限られるわけではありません。
法形式として「法律」であることが重要なのではなく、実質的に「法律」でなければ定められない事項が定められている法令であれば、国会において議決の対象となる「法律」なのです。
つまり、形式的には「法律」ではなくとも、法律でしか定められない事項を定めた法令は、その改正に当たり国会で議決を経る必要があることになります。
これが「法律」の形をとらない「法律」なのですが、「そもそも法律として定められていないのに法律でしか定められない事項を定めてよいのか」という疑問が生ずるところでしょう。
その疑問に答えるには、近代日本の法形式の変遷について知る必要があります。
旧憲法は、その76条1項で旧憲法に違反しない法令の効力を認めました。その結果、旧憲法前の法令のうち法律事項を定めたものが以後実質的には法律として取り扱われることとなりました。その一例が、爆発物取締罰則(明治17年第32号布告)であり、現在でも立派に効力を有しています。
次に、旧憲法8条は、法律で定めなければならない事項でも、国会閉会中は、次国会での承認を条件として、天皇の命令である勅令により定めることができるとしていました。これを緊急勅令といい、国会の承認を得た後は、実質的に法律として扱われ、改廃も(緊急勅令による場合を除き)国会の議決を要することとなりました。
日本国憲法98条は違憲の法令を無効としています。しかし、内容が違憲でなければ、旧憲法下で形式的にも法律であるものはもとより、太政官布告や緊急勅令であっても有効とされています。
緊急勅令のうち比較的最近まで存続していたものに、食糧管理法廃止とともに法律で廃止された食糧緊急措置令(昭和21年勅令第86号)があります。この勅令は昭和28年に法律で改正されたことがあります。
さて、「法律」以外の形式を持つ実質的な法律として残るものに俗に「ポツダム命令」などと称されるものがあります。
これは、占領下において日本統治を円滑ならしめるため、法律事項も含め、行政府の命令により広範な定めをすることを認めたものです。平和条約発効後、これらの命令のうち法律により法律としての効力を有するものとされたものは、その後も国会で改廃されることになります。
この例としてよく引き合いに出されるのが出入国管理及び難民認定法です。この「法」は、元来「出入国管理令」の題名を持つ政令(昭和26年政令第319号)で、後の題名改正により形式的な法律と見分けがつきにくくなったものです。
- ※ この記事は、参議院法制局の若手・中堅職員の有志が編集・執筆したものです。2020年4月に編集・執筆したものですので、現在の情報と異なる場合があります。なお、本記事の無断転載を禁じます。