企業名の公表
法律に違反した企業名を行政庁に公表させる趣旨の規定は、様々な法律の中に顔を出します。このような規定には、大きく分けて二つの種類があります。
一つは、法律を守らない企業への社会的な制裁としての公表制度です。「○○大臣は、事業者が...の勧告に従わないときは、その旨を公表することができる。」というスタイルです。消費者の動向が直に売上げにひびくメーカーやサービス業、特にネームバリューによってある程度のシェアを確保している大企業の場合には、企業イメージの悪化を恐れて自主的に法を遵守するようになることが期待されるといえるでしょう。立法例としては、障害者の雇用の促進等に関する法律第47条、資源の有効な利用の促進に関する法律第13条第2項、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第30条、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第18条第2項等があります。
もう一つは、取引の安全を確保するための公表制度です。例えば、特定商取引に関する法律では、販売業者等が必要な書面を交付せず、かつ、訪問販売に係る取引の公正及び購入者若しくは役務の提供を受ける者の利益が著しく害されるおそれがあると認めるとき等の場合には、主務大臣に業務停止命令の権限を与えていますが、その場合には、主務大臣は、業務停止命令をした旨を公表しなければならないこととされています(同法第8条第2項等)。また、食品衛生法では、厚生労働大臣等は、食品衛生上の危害の発生を防止するため、この法律又はこの法律に基づく処分に違反した者の名称等を公表し、食品衛生上の危害の状況を明らかにするよう努めるものとすることとされています(同法第63条)。
近年、前者の公表制度が注目を浴びるようになってきました。たかだか数十万円の罰金よりもむしろ企業に対するダメージが大きいとの判断から、何でも罰則で法の実効性を担保しようとせず今後は公表制度をもっと導入していこうという考え方が出てくるのは、もっともなことでしょう。
ただ、従来の法の枠組みの中では、公表はどちらかというと緩やかな実効性担保手段として位置づけられてきたことも意識しておく必要があります。つまり、ある法規範が非常に強いものである場合には、その違反に対しては命令、さらに、命令に従わない場合には罰則という仕組みが取られるのが原則です。これに対し、そこまで強い法規範ではない場合には、違反に対しては指導や勧告で対応します。ここで終わる立法例もかなりありますが、もう少し規制を強化すると、勧告に従わない場合の公表制度を仕組むことになります。すなわち、公表は、命令という行政処分に対応する制裁ではなく、勧告という比較的緩やかな措置に対応する制裁として位置づけられてきたといえます。
罰則以上に大きいダメージを与えるつもりで公表制度を仕組んだ結果、緩やかな法規範として位置づけることになるとしたら、皮肉なことです。
最後に、公表の形式ですが、法律上特に決められてはおらず、公表者である大臣の判断に任されているようです。必ずしも官報掲載には限られず、ホームページや新聞等への掲載を念頭に置いている例も多いようです。ただし、企業に相当の経済的損失を与える可能性があり、事実に反していれば損害賠償の問題にもなることから、公表も罰則と同様「伝家の宝刀」であって、そう度々新聞でお目にかかれるものではなさそうです。
- ※ この記事は、参議院法制局の若手・中堅職員の有志が編集・執筆したものです。2020年4月に編集・執筆したものですので、現在の情報と異なる場合があります。なお、本記事の無断転載を禁じます。