参議院法制局 Legislative Bureau House of Councillors

経過措置と遡及適用

  新しい法令を制定したり、既存の法令を改廃したりすることは、それまでの法秩序を変更することになり、その内容や程度によっては、社会生活に混乱が生じかねない場合もあり得ます。こういったことはあってはならないことであり、法律では、社会生活の安定を確保するため、それまでの法制度から新しい法制度に円滑に移行できるようにするための工夫がなされています。

 「経過措置」と呼ばれるものもその工夫のひとつであり、多くの場合法律の附則で規定されます。その内容は様々であり、新旧法令の適用関係や従来の法令による行為の効力、罰則の適用に関する経過的な取扱いなどを挙げることができます。

 ところで、社会生活の安定ということを考えると、法令の施行はその公布日以降とすることが通常と思われます。一般に、法令は国民の権利義務に影響を与えるものであるので、既に発生し、成立した状態に対して新しい法令を、その施行の時点よりも遡って適用すること、すなわち法令の遡及適用は、法的安定性を害し、国民の利益に不測の侵害を及ぼす可能性が高いため、原則として行うべきではないとされています。とりわけ、罰則については、罪刑法定主義の観点から、憲法第39条において遡及処罰の禁止を明文で規定しています。

 しかし、国民の利益になる場合や、国民の権利義務に影響がない場合には、遡及適用を行うことも許される場合があります。例えば、災害からの復興を目的とする法令では、その内容に国民や法人にとって利益になるものがあり、そういったものは、遡及適用が行われ得るケースといえます。

 なお、公務員の給与の増額改定が、給与関係法律の改正前に遡って実施されることがあります。改正法が公布・施行される時点では既に改正前の規定に基づいて給与が支給されているため、それをどう取り扱うかという問題が生じます。この場合、改正前の規定に基づいて支給された給与については、改正法において、改正後の規定に基づく給与の内払とみなすとの措置が講じられるのが一般的であり、改正法の施行後に改正前との差額を支給するという運用がなされます。

 このように、法令の遡及適用については、旧法制度下での法律関係など、遡及適用を行うことによる影響をよく検討し、影響を及ぼすことになる場合には必要な調整のための規定を設ける必要があります。

  • ※ この記事は、参議院法制局の若手・中堅職員の有志が編集・執筆したものです。2020年4月に編集・執筆したものですので、現在の情報と異なる場合があります。なお、本記事の無断転載を禁じます。