参議院法制局

議員立法Stories

「自殺対策基本法改正法」等の立案を振り返って

A課長(入局24年目):平成28年の通常国会では、第2部第1課(厚生労働委員会〔厚生〕担当)で立案した法律案のうち「自殺対策基本法の一部を改正する法律案」が成立したね。

Bさん(入局13年目):自殺対策基本法は、平成18年に参議院から提出されて成立した議員立法でしたね。平成10年以降、年間自殺者数が3万人を上回る年が続いており、こうした状況の下で、平成17年に参議院厚生労働委員会において「自殺に関する総合対策の緊急かつ効果的な推進を求める決議」が行われ、その翌年に参議院の議員立法として自殺対策基本法が成立したという経緯があります。

Dさん(入局1年目):自殺対策基本法が制定されて以降、自殺対策は大きく前進し、平成24年にはついに年間自殺者数が3万人を下回るに至りました。しかし、平成27年においてもなお約2万4千人が自殺で亡くなっており、また、児童・生徒を含む若年世代の自殺も深刻な状況のままです。こうした状況の中、同年の参議院厚生労働委員会において、「自殺総合対策の更なる推進を求める決議」が行われ、「誰も自殺に追い込まれることのない社会」を実現するため、自殺対策基本法の改正等に取り組む決意が宣言されました。それらを受けて、再び参議院の議員立法として自殺対策基本法の改正案を立案することになったんですよね。

A課長:改正案を作成する過程で、最も大変だったのはどのあたりだった?

Cさん(入局8年目):自殺対策計画の策定でしょうか。今回の改正では、都道府県には都道府県自殺対策計画、市町村には市町村自殺対策計画の策定をそれぞれ義務付けることとしましたが、地方分権の流れとの兼ね合いで、地方公共団体に計画の策定を義務付けることについて、政府や地方公共団体も巻き込んで粘り強く調整が行われたことを思い出します。

Dさん:自殺対策に関する地方公共団体の取組には温度差があり、地域間格差が広がっているとの指摘が議員からありましたので、こうした問題意識を踏まえ、地方における取組の実情等をいろいろ調べました。

Bさん:法律案の立案作業は、単に議員からの依頼内容をそのまま条文化するのではなく、その立法の「土台」となる立法事実の把握が重要なんだよね。この「土台」がしっかりして初めて、依頼議員の要求に応え得る法律案ができるから、こうした調査はとても大事だよね。

Dさん:今回の改正に限らず、実際の立案作業においては、単なる文献の調査だけではなく、関係者の意見を聴いたり、現場視察のための出張を行うなど、この「土台」の把握を丁寧に行っていると感じます。
 学生時代は、立法事実というと、法律の合憲性を判断する場面での話という認識でしたが、実際に法律案を立案する立場に立つと、そんな限定的な話ではなく、法律の合理性を支える基礎的なものとして真正面から取り組まねばならないものなんだと実感しました。

A課長:目的や基本理念の規定についても、内容を大幅に拡充したね。今回の改正の主眼は、「地域レベルでの実践的な取組」による「いのち支える自殺対策」だけど、こうした考え方をどのように体系立てて条文に反映させるかは、なかなか難しかったんじゃないかな。

Cさん:今回のような法律では、依頼議員が盛り込みたい政策や言葉といったものを、創意工夫を重ねながら条文にどう表現するのかが腕の見せ所であって、言葉に対する敏感さや表現力が求められたように思います。

Bさん:改正案について広く国民の意見を聴きたいという議員の意向で、改正案の原案についての意見募集も行われ、関係団体や医療関係者、研究者など様々なバックグラウンドを持った方々から意見が出されました。こうした意見は非常に参考になるとともに、これを改正案に反映させるための議論が相当行われたね。そういえば、Cさんは、消費者庁への出向時にパブリックコメントにも携わったと聞いたけど...

Cさん:そうなんです。消費者庁では、いわゆる消費者裁判手続特例法の施行に向けた政令案やガイドライン案等の立案を担当しました。その際、パブリックコメントも実施したのですが、かなりの数の意見の集約に苦労したのを思い出します。もちろん、当局は議員の政策を法制面から補佐する組織であり、自ら政策を推し進めるという行政庁とは立場が異なるわけですが、様々な意見を前に、どのように着地点を見いだすべきかについては、立場が異なっても腐心しましたね。

A課長:当局は、課が一つのチームとなって、皆で知恵を出し合いながら最適解を見いだすという作業の繰り返しで、その過程では「生みの苦しみ」というのもあるけど、なんとか法律案の形に仕上がったときは、何ともいえない達成感があるよね。
 さて、法律案の形に仕上がると、各党の党内手続に入るわけだけど、Dさんにも何度も会議に陪席してもらったね。

Dさん:政党の会議に陪席するときは、今でも緊張してしまいます。予想される質問に備えて資料を作成したり、会議で思いもよらぬ質問を受けた後に至急調査したり......会議の前後の作業もなかなか大変でした。

Bさん:改正案の成立が見通せるようになり、少し落ち着くかなと思ったら、別の法律案に対する修正案の立案依頼がいくつも舞い込んできたね。いずれも、修正の内容そのものはそれほど複雑ではなかったけど、例えば、施行期日を遅らせるにしても、他の条項に影響がないかどうか等を確認する必要があり、さらに、修正案の立案は、その対象となる法律案の採決の日程を見据えた、時間との勝負になるので大変だよね。

Cさん:そうですね。時間が限られている中でも、間違いのないものを作らなければならず、そのためには、修正の対象となる法律案の内容も理解しないといけませんので、一から勉強です。特に確定拠出年金法とか...頭が痛くなりそうでした。

A課長:同時に複数の案件が動き、作業の負担が大きくなるときもあるけど、それぞれの役割を十分に果たすことで乗り切ることができるんだよね。「職場のチームワークは大事」とはよく言われるけど、少数精鋭の組織である当局は、まさにこのチームワークが仕事の成否に大きく関わってくるんじゃないかな。

Bさん:チームで仕事を進めていく上で特に重要なのは、各自がしっかりと調査検討した上で、徹底的に議論することだと思います。当局では、課長も若手職員も同じ土俵に立って議論をし、その結果、若手職員の意見が採用されたり、参考にされたりすることが、本当に多々あります。各自の負担は軽くはありませんが、自由闊達に議論ができる環境というのは、実は結構貴重なのではないかと思います。

A課長:Dさんは、成立した法律案や可決された修正案に今回初めて携わったわけだけど、振り返ってみてどう?

Dさん:自殺対策基本法の改正案が衆議院本会議で成立する瞬間に立ち会ったときは、一つの法律案が成立することの重みを感じました。また、後日、新聞等で報道されているのを見て、実際に世の中に影響を与えるものを送り出す立場にいるのだという、緊張感とやりがいを感じました。

A課長:新しい制度を作るには大変なことも多いけど、挑戦しがいのある仕事だと思う。立法府を支える法律の専門家として、意欲的に学び、挑戦したいという熱意のある人が入ってくれるとうれしいね。