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「意思」と「意志」について

  法学を学んだ人は、法律では「意思」を用いるのであって「意志」は用いない、と教わったことはないでしょうか。執筆者はそれが染みついてしまい、小説を読んでいても「意志」という言葉が出てくると違和感を覚えるようになってしまいました。そこで今回は、法律における「意思」と「意志」について調べてみました。

 「有斐閣 法律用語辞典」(第5版)によれば、「意志」は「物事をしようとする又はしまいとする積極的な思い。「意思」が、心の中に思い浮かべている内容一般を指すのに対し、「意志」は、それが行動と結びつく積極性がある。主に哲学、倫理学、心理学で用いられ、法律用語としては一般に用いられない。」と説明されています。

 それでは、法律では「意志」は用いてはいけないのでしょうか。そんなことはなく、「意志」を用いている法律がありました。「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(平成3年法律第77号)、内閣提出の法律です。この法律では「意思」と「意志」を使い分けています。第28条(離脱の意志を有する者に対する援護等)は第1項で「公安委員会は、暴力団から離脱する意志を有する者(以下この条において「離脱希望者」という。)その他関係者を対象として、・・・離脱希望者の暴力団からの離脱と社会経済活動への参加を確保するために必要な措置を講ずるものとする。」と定めています。一方、第26条(少年に対する入れ墨の強要等に対する措置)では、第1項で「公安委員会は、指定暴力団員が第二十四条の規定に違反する行為をしており、かつ、当該行為に係る少年が困惑していると認め、又は当該行為が当該少年の保護者の意思に反していると認める場合には、当該指定暴力団員に対し、当該行為を中止することを命じ、又は・・・必要な事項を命ずることができる。」と定めています。いずれも平成5年の改正で入った規定ですが、「意志」と「意思」の使い分けの理由について明確に説明している資料は見つけられませんでした。ただ、国会で当時の警察庁刑事局暴力団対策部長が、第28条第1項の趣旨について、「真に暴力団を離脱したいという者に対しましては、...援護の措置をとるということが殊のほか重要であると考えております。」と言及している(第126回国会衆議院地方行政委員会(平成5年4月6日))ことを見ると、何らかの意図があって「意志」を用いたのかもしれません。

 ちなみに、「意志」や「意思」は英語ではどう表現されているのでしょうか。「小学館プログレッシブ和英中辞典」(第4版)によると、「意志」は'will'、「意思」は'mind'〔考え〕、'intention'〔心づもり〕、'wish'〔望み〕と訳されていました。なお、法務省が運営している「日本法令外国語訳データベースシステム」では、この法律はまだ英訳されていないようです。どのように訳されるのか気になるところです。

  • ※ この記事は、参議院法制局の若手・中堅職員の有志が編集・執筆したものです。2024年12月に編集・執筆したものですので、現在の情報と異なる場合があります。なお、本記事の無断転載を禁じます。