経過規定と旧法令の効力―「なお従前の例による」と「なおその効力を有する」―
法令を改正したり廃止したりする場合、既存の法律関係を考慮することなくいきなり新しい法律関係を適用すると、それまでの法律関係に基づいて営まれてきた社会生活の安定性は大きく損なわれることになります。そのため、新しい法律関係に円滑に移行できるように既存の法律関係をある程度認める等の規定を置くことが望まれます。このような規定を経過規定といい、通常、附則に置かれます。
そのような経過規定の中に、よく似た二つの規定があります。ひとつは「なお従前の例による」というもので、もうひとつは「なおその効力を有する」というものです。
両者は、既存の法律関係の存置という点については、ほぼ同じ効果を有するといえます。特に、罰則の経過措置として規定される場合には、両者の間に効果の差はほとんどありません。実際に、罰則の経過規定にはどちらも用いられています。
しかし、両者には異なる点もあり、ときにはそれが大きな意味を持つこともあります。では、どのような点が違うのでしょうか。
まず第一に、改正又は廃止前の法令が適用される根拠が違います。「なお従前の例による」の場合、改正又は廃止前の法令自体は失効していて、「なお従前の例による」という規定が適用の根拠となっていますが、「なおその効力を有する」の場合、改正又は廃止前の法令が効力を有するとされているので、当該改正又は廃止前の法令自体が適用の根拠となります。
第二に、効力の及ぶ範囲が違います。「なお従前の例による」の場合、「例」という文字はもともと「ならわし、さだめ」という意味を有しており、従来の法律関係全体を対象としていると考えられるため、当該法律のほか、政令、省令といった下位の法令に関する経過規定は不要ですが、「なおその効力を有する」の場合、効力を有するのはあくまで当該法律だけなので、当該法律に基づく政省令があるときは、それらについては別に経過規定を設ける必要があります。
そして第三に、改正又は廃止前の法令を改正できるか否かが違います。「なお従前の例による」の場合、改正又は廃止前の法令は失効しているので、改正は不可能ですが、「なおその効力を有する」の場合、改正又は廃止前の法令は効力を有するわけですから、改正することができます。
両者のうち、法律全体で見ると「なお従前の例による」の方がよく用いられているようです。
なお、少年院法は、平成26年に新たな法律として制定され、旧少年院法は、少年院法及び少年鑑別所法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成26年法律第60号)によって廃止されたところ、同法第2条第3項では、矯正教育を修了した事実を証する旧少年院法下で発行された証明書の効力について、「前項の証明書の効力については、旧少年院法第五条第三項の規定の例による。」としています。つまり、すでに廃止された法律の規定の例によるとしているわけです。この規定の効力については、文言から分かるとおり、「なお従前の例による」に準じて考えればよいでしょう。
このように、法律の本則において、すでに廃止された他の法律の規定の例によるとする規定を置くのは、大変珍しい例であるといえるでしょう。
- ※ この記事は、参議院法制局の若手・中堅職員の有志が編集・執筆したものです。2020年4月に編集・執筆したものですので、現在の情報と異なる場合があります。なお、本記事の無断転載を禁じます。