法制執務コラム

努力義務規定

 先日、とあるホテルのロビーで「健康増進法第25 条に基づき、ロビーを全面禁煙とさせていただいております。」という表示が目に入りました。この健康増進法第25 条とは、多数の者が利用する施設を管理する者に対し、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならないと定めている規定です。違反に対する罰則は規定されていません。このような「~に努めなければならない」などとされた規定は、努力義務規定と呼ばれることがあります。それでは、どのような場合に、努力義務規定が置かれるのでしょうか。

 まず、規定自体が理念的・抽象的であるなど強制になじまない場合があります。例えば、東日本大震災復興基本法には、「国民は(中略)被災者への支援その他の助け合いに努めるものとする」という規定がありますが、このような理念的・抽象的な規定に違反したからといって罰則等の制裁を科すのは適当ではないでしょう。

 次に、強制するまでの合意が得られない、時期尚早であるというような場合があります。例えば、冒頭の健康増進法の規定について、厚生労働大臣は、「本当にたくさんの意見が出て、(中略)一律にこれをやっていくということがなかなか難しい(中略)。しかし、そういうことを言っておりましては進んでいきませんから、ここで努力義務ではございますけれどもまず取り上げさせていただきました」と答弁しています。

 当初は努力義務規定とされた場合であっても、後に義務規定に改正されることがあります。例えば、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律では、かつては、定年を定める場合には「60 歳を下回らないように努めるものとする」という努力義務規定を置いていましたが、行政指導や補助金による誘導もあり、60 歳以上の定年が普及したことから、平成6年の改正により「60 歳を下回ることができない」という規定となりました。現在では、この規定に加えて、65 歳未満の定年を定めている事業主に定年の引上げや継続雇用制度の導入等の措置を講ずることを義務付けています。

 これとは反対に、義務規定であったものが努力義務規定に緩和された例もあります。予防接種法は、かつて「予防接種を受けなければならない」とする義務規定を設けていましたが、健康被害の発生などを受け、平成6年の改正により努力義務規定となりました。

 冒頭の健康増進法の規定が設けられて以降、禁煙や分煙が普及してきており、漸進的な手法として努力義務規定が有効であったのは間違いないでしょう。その一方で、強制力がない以上、限界があるのもまた事実です。努力義務規定を置く際には、このような効果と限界の両面を踏まえて、考えていく必要があると思います。

 (桑原明/「立法と調査」NO.382・2016年11月)


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