参議院法制局

絶滅法令の標本

 国立国会図書館のウェブサイト(https://dajokan.ndl.go.jp)で、慶応3年10月大政奉還から明治19年2月公文式公布に至るまでに制定された法令を調べることができます。同サイトで検索をかけて、明治期の気になる法令を集めてみました。

 「大船おほふねにともすともしびうへしろみきはみとりにひだりくれない」。これは、海上衝突予防規則(明治7年太政官布告第5号)の「附言ふげん」に、蒸気船は航海中必ず前下檣頂(帆柱の先)に白の燈火を、右舷に緑の燈火を、左舷に紅の燈火をあげなければならないという規則を「記憶きおくするためうた」として記載されている法文です。「此うた暗記あんきくへしただしみぎのみのはミどりのみのなればおぼやすし、又英亜東またえいあとうにては「ポート、ワイン」(ポートさん赤酒せきしゅ)はあかしとふことを記憶きおくすべしとへり左舷ボートと「ポート、ワイン」のよくたいしてともあかきをもつてなり」と書かれており、まるで受験参考書のようです。この太政官布告は、文字の右側に読みがな、左側に説明のかなを付し、左右両側にルビが振ってある珍しいものです。例えば「海上衝突予防規則」の文字の右側には「かいじやうしようとつよぼうきそく」、左側には「うみのうへつきあたりようじんのきまり」とルビが振ってあります。「記憶きおく」、「英亜えいあ」、の左側には「おぼへる」、「いぎりすあめりか」とあります。

 ルビの意義を感じるのが、「馬鹿骨輸出願許可ノ義」(明治7年12月9日開拓使本庁第89号達)。「馬鹿」は、冷静に読めば意味は分かりますが、字面だけみると・・・。

 日本で最初に鉄道が開業した明治5年の鉄道略則(明治5年太政官布告第61号)第2条は、「ステーシヨントハ列車ノ立場ニテ旅客ノ乗リ下リ荷物ノ積ミ下ロシヲ為ス所ヲ云フ」としています。現在の法令用語では「駅」を用いますが、文明開化の鉄道開業と組み合わさった「ステーシヨン」には、ロマンを感じます。第7条は「吸煙並婦人部屋男子出入禁止ノ事 何人ニ限ラス「ステーシヨン」構内別段吸煙ノ為メニ設ケシ場所ノ外又ハ吸煙ノ為メ設シ車ヨリ他ノ車内ニテ吸煙スルヲ許サス且婦人ノ為ニ設アル車及部屋等ニ男子妄リニ立入ルヲ禁ス若右等ノ禁ヲ犯シ掛リノ者ノ戒メヲ用ヒサル者ハ車外並鉄道構外ニ直ニ退去セシメ且払タル賃金ヲモ取上クヘシ」として、駅構内での禁煙や禁煙車両のほか、「女性専用車両」を規定しています。

 禁止を2つ。「自今公文ニ洋製ノ墨汁(インキ)ヲ用ヒ候儀不相成候条此旨相達候事但洋文ヲ洋紙ニ書スルハ此限ニアラス」(明治9年太政官達第29号)は、保存を考慮してか、公文書での「洋製の墨汁」(インク)使用の禁止。「火災雑沓ノ場ヘ騎馬ニテ駆込候者往々有之消防等ノ妨害不尠候ニ付爾後札幌市街火災ノ節ハ消防関係ノ官吏ヲ除ク外距離一町以内ノ地ヘ騎馬往来禁止」(明治12年6月3日開拓使本庁甲第23号布達)は、火災現場に馬で駆け込むこと(往々にしてあった!)の禁止。今となってはまれな光景でしょう。

  • ※ この記事は、参議院法制局の若手・中堅職員の有志が編集・執筆したものです。2020年4月に編集・執筆したものですので、現在の情報と異なる場合があります。なお、本記事の無断転載を禁じます。