法制執務コラム

前文とその改正

 日本国憲法に前文が置かれていることは周知のとおりですが、法律にも、前文が置かれることがあります。前文は、条文本体の前に置かれ、その法令の制定の趣旨、理念、目的などを強調して述べた文章です。具体的な規範を定めるものではありませんが、各条文の解釈の基準となるものと言われています。前文のある法律は、教育基本法、男女共同参画社会基本法、少子化社会対策基本法など、基本法に比較的多く見受けられます。

 「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(平成13年法律第31号。いわゆるDV防止法)は、基本法ではありませんが、前文が置かれている法律です。このDV防止法は、平成16年の「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律の一部を改正する法律」(平成16年法律第64号)において、一部改正されましたが、このとき、珍しいことに、前文も改正されています(ちなみに、ほかに前文の一部改正が行われた例としては、過去には「国会等の移転に関する法律の一部を改正する法律」(平成8年法律第106号)の1件があるだけです)。ここで、前文中改正された箇所の改正前の姿と改正後の姿を見比べてみたいと思います。

 【改正前】

 「...配偶者からの暴力は、犯罪となる行為であるにもかかわらず、被害者の救済が必ずしも十分に行われてこなかった。また、配偶者からの暴力の被害者は、多くの場合女性であり、経済的自立が困難である女性に対して配偶者が暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を行うことは、個人の尊厳を害し、男女平等の実現の妨げとなっている。...」

 【改正後】

 「...配偶者からの暴力は、犯罪となる行為をも含む重大な人権侵害であるにもかかわらず、被害者の救済が必ずしも十分に行われてこなかった。また、配偶者からの暴力の被害者は、多くの場合女性であり、経済的自立が困難である女性に対して配偶者が暴力を加えることは、個人の尊厳を害し、男女平等の実現の妨げとなっている。...」

 DV防止法では、「配偶者からの暴力」は、身体的暴力だけを意味する用語として用いられていたところ、平成16年改正で、いわゆる精神的暴力をも意味するように定義が拡大されました。その関係で、改正後の「配偶者からの暴力」には、犯罪となる行為ではない行為も含み、また、改正前の「その他の心身に有害な影響を及ぼす言動」は、改正後は「暴力」そのものを意味することとなり、当該部分の改正が必要になったものと思われます。

 前文は法律の一部ですから、必要が生じれば、他の条文と同じように改正することができることはいうまでもありません。とはいえ、冒頭で述べたように、前文は、法制定の趣旨などを高らかにうたう文章ですから、他の条文を改正するからといって前文まで改正することは通常はしないと思われます。にもかかわらず平成16年のDV防止法改正で前文が改正されたのは、用語の定義の変更に伴う文言の「整理」ということで、必要やむを得ないケースだったということでしょう。

(小沼敦/「立法と調査」NO.249・2005年7月)


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