法制執務コラム

幻の法制度―実施前に廃止された法制度―

法男 「次の総選挙いつかな。」

律子 「そうね。ただ、選挙制度改正後の初めての選挙だから私たち有権者も制度の意味や内容をよく理解しておく必要があるわね。」

法男 「そうだね。では、質問。衆議院選挙の投票方法はどうなっているか分かっている?」

律子 「ええと、記号式でしょ。」

法男 「えっ!違うよ。確かに一度は記号式に決まったけれど、この前の臨時国会で、従来の自書式に戻されたんだ。」

律子 「本当!だって、一度も記号式で選挙やっていないじゃない。そんなことあるわけ。」

法男 「確かにいろいろ批判はあったみたいだね。でも、記号式の廃止も、国会が法律で決めたことだからね。」

律子 「つまり、私たち国民の代表者が、民主主義のルールに従ってやったことだから仕方ないっていうわけね。でも、なんだか腑に落ちないわ。他にそんな例ってあるのかしら。」

法男 「そうだね。記号式をやめたとき、一緒に政党助成法も改正して、政党の受け取れる交付金額の上限をなくしたんだ。これなんかも、その制度が働いたのは1年度限りの一度だけなんだ。」

律子 「そういえば、消費税の導入後の参議院選挙で与野党が逆転して、実施後1年ぐらいで消費税廃止法案が議員提案されて参議院で可決されたことがあったわね。」

法男 「そうそう。消費税の場合は、少なくとも参議院については消費税を導入したときの構成員と異なる構成員による提案・可決だったわけだから、選挙を通じて国民の声を反映した結果として理解できるよね。記号式の撤回や政党助成法の改正が腑に落ちないのは、そうしようと決めた構成員とやめようと提案した構成員とが同じだからなのかもしれないね。」

律子 「他に例はないの?」

法男 「うん、ちょっと古くなるけどグリーンカードの例がある。グリーンカード制は昭和55年3月の所得税法の改正で導入されて、昭和59年1月から本格実施を予定されていたのだけれど、昭和58年3月に、その実施が昭和62年1月まで延期されたんだ。この延期は実質的に廃止を意味していたんだね。この時は、昭和55年6月に衆参同日選挙が行われていて、導入に賛成した構成員と実質廃止を決めた構成員とは、衆参両院とも異なっているんだ。」

律子 「なるほどね。記号式撤回とはちょっと背景が違うわね。確かに、今度のような、言ってみれば自分で決めた法制度をその実施前に自らの判断で廃止してしまうということだって、立法府である以上できるということだろうけれど、その時の国民の意思ってどう考えればよいのかしら。」

法男 「むずかしい問題だね。でも、国会は、構成員が同じでも会期が変われば異なる立法意思を決めることができるのだから、その時々の国民意思を吸い上げ、真に不必要だと判断した法制度は、たとえ実施前でも、民主主義のルールの中で、廃止することができていいんじゃないかな。」

律子 「理屈は分かるわ。朝令暮改はよくないけれど、国民の意思に則した実行力も必要よね。一番大事なことは、国会がいつも国民の声に耳を傾けていることじゃないかしら。あぁ、お腹すいちゃった。ねぇ、ランチご馳走してくれない。ねぇ、ちょっと。私の話にちゃんと耳傾けてるの。」

(山岸健一/「立法と調査」NO.193・1996年5月)


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